「褒める」は簡単じゃあない

こんにちは。メグミです。

会社員の方なら

「プレゼン」「上司への報告・発表」

子供なら

「サッカーの試合」「ピアノの発表会」「学力テスト」

親御さんなら

「地域・学校の総会での司会、スピーチ」・・・

 

日々暮らしていると

「ここぞ!」というイベントが待ち受けています

緊張と集中の数値MAX

テンション上がりっぱなし~~

誰しもご経験あると思います。

そんな時、どうですか?

その「一大イベント」が終わった後

こう思いませんか?

「あ~~~!今の自分ならもっと上手くやれるのに~~!!」

ないです?

私いつもです(笑)

「後悔グセ」がつきすぎているんでしょうか・・・?

 

昨日お話しした「参観レッスン」がまさにそうでした

それなりにもう場数は踏んでいるので

「緊張MAX」とまではないのですが

「あ~~!今の自分なら・・・!!」の念は強いです。

 

授業を行うということは、

決められた時間の中

その日学ばせるものを提供する

これが基本ですが

私は

「子供たちがどれだけアウトプット(口から英語の音を出すか)できるか」

を常に考えます。

そのための「褒める」行為です。

褒めて認めて自信をつけ

口の筋肉をゆるませるためのある意味「策」です。

なので参観レッスン始まる直前も

「今日もいいとこたくさん見つけてたくさん褒めよう」

と意気込んでいました。

ところが・・・

ところが・・・!!

前回も述べましたが

子供たちにとって

「お母さん」の存在があまりにも大きかったのです。

 

レッスン中

いつものように、ある子の発音がとてもいい!と褒めました。

するとその子は

ちらっとお母さんを見ます

そして、お母さんが「それ」を見ていたかを確認します。

「見ていた」ことが分かると少しニヤッとして落ち着きます。

褒めるたびにこれです。

しかもほとんどの子が同じ状況です。

しまった・・・!!  です。

私の「褒める」という行為が

子供たちにとっては「対母親」に向けられていたのです。

「対私(講師)」に向いて欲しかったのですが・・・

 

たくさん褒めて

自分の授業・話に惹き込んで

発話を促そうとしていたのですが

「お母さんの前ではいい子にしてなきゃ・・」の壁はあまりにも高かった・・・・!

子供たちの気持ちが散漫とし

へんな「硬さ」があるものだから

私の「から元気・・」でちーーーん はい終了~~

 

少し時間を置くと・・・

自分(私)にも問題があったことに気が付きます。

「焦り」がありました。

 

褒めよう褒めようと意気込みながら

その状況に焦っていたのです。

焦っているので

言葉で褒めていても

正直伝わってなかったと思います。

焦っているから

私自身、自分の気持ちを言葉にのせていない

「上っ面な褒め言葉」になっていたのだと思います。

 

今回改めて自覚しました。

「余裕」ってものすごく大事です!

余裕がないと

人の事って褒められないです。

余裕なく褒めても

相手には響かないです。

余裕・・・

つまり「心の安定・ゆとり」ですよね

子供たちを心から評価するために

私には何より「自分の心の安定・ゆとり」が必要だったのです。

外的要因に反応して

自分の軸をブラしてしまった私に問題があったという訳です。

 

「人を褒める」って

自分の精神衛生環境が大きく関わると気づきました。

なかなか奥が深いぞ・・・

でも極めてみよう

だって楽しいから・・・!!

 

今日も最後までありがとうございました。

野原めぐみ

 

 

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